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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1514号 判決

控訴人

トランス・メリデイアン・ネビゲーシヨン

・カンパニー・リミツテツド

日本における代表者

横山修

右訴訟代理人

梶谷玄

外四名

被控訴人

丸和畜産工業株式会社

右代表者

長谷川浩志

右訴訟代理人

小川恒治

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、左に付加するほか、原判決事実摘示のとおりである(〈省略〉)から、これを引用する。

(主張)

一  被控訴代理人

(一)  本件の荷渡指図書による寄託者名義の変更について

昭和四八年ころ冷蔵倉庫に保管されていた輸入食肉は、在庫のままで取引されていたが、その際現物の引渡しは、売主たる寄託者から占有代理人である冷蔵倉庫業者に対して荷渡指図書を交付し、右倉庫業者が荷渡指図書を受理して寄託者名義を被指図人に変更することによつてなされ、これによつて、寄託物の占有が指図人から、被指図人に移転したことが明確にされていたのである。

そして、原判決添付別紙物品目録記載の豚肉(以下、本件豚肉という。)も、訴外三幸国際貿易株式会社(以下、三幸国際という。)発行の荷受人を訴外有限会社スギヤマ商店(以下、スギヤマ商店という。)とする荷渡指図書が、訴外東洋水産株式会社川崎工場(以下、東洋水産と略称する。)において受理され、寄託者名義を三幸国際からスギヤマ商店に変更され、更に同様の手続を経て被控訴人に対する右豚肉の引渡しがなされたのであるが、そうでないとしても、指図による占有移転がなされ、以後東洋水産が被控訴人のために、これを代理占有することとなつたのである。このように、荷渡指図書による寄託者名義の変更は、後記のとおり、昭和四八年当時京浜地区における冷蔵倉庫業界に定着した商慣習であつて、三幸国際も、スギヤマ商店も、また、被控訴人及び東洋水産も、十分右商慣習を承知し、それによる意思をもつて行為したのである。

控訴人は、荷渡指図書の性質、効力の点について云々するが、そのいうところの荷渡指図書は、本件の如く受寄者に対する指図自体、換言すれば、寄託者たる地位の譲渡通知に主たる目的があり、譲受人に交付したその副本は控ないし証拠的な意味しか有しないものと、その類型、性質を異にするものであつて、本件の荷渡指図書には適合しない議論である。

(二)  右商慣習の存在について

(1) 食肉の輸入は、昭和三五年ころから同四三年ころまでは年間三万トンであつたが、その後次第に増加し、同四四年、同四五年は各六万一、〇〇〇トン位、同四六年から更に急速に増加して同四八年には三五万七、〇〇〇トンに達し、これら食肉はその性質上冷蔵ないし冷凍倉庫に保管する必要があり、そのため在庫のまま転々と売買されていた。

(2) すなわち、昭和四八年ころ冷蔵倉庫業界においては、寄託者が寄託物を売却した場合、荷渡指図書を倉庫業者へ直接送付し、右指図書の送付を受けた倉庫業者は、以後被指図人のために寄託物を保管することになるが、その際における出庫、入庫に伴う経費の支払、手続の煩雑さを避けるため、被指図人たる買主を右倉庫業者において確認して寄託者台帳上の寄託者名義を変更する方法が案出された。

右のような方法は、取引当事者、倉庫業者とともにその利益を守ることができ、合目的性にも合致するため、昭和四八年ころには慣習として定着し、倉庫業者における必要な手続をするために荷渡指図書正本が売主から直接倉庫業者へ送付され、買主に交付される右指図書の副本は、控ないし証拠的意義を有するに過ぎないものとして処理されることになつた。

(3) しかして、輸入食肉取引業界で使用されている荷渡指図書は、ほぼ同一形式であり、しかも右指図書における保管料の負担区分欄の記載としては、寄託主を指図人より被指図人に変えることが当然のこととされ、この記載によつて寄託冷蔵肉の寄託者の名義が在庫のまま被指図人に変更されるべきことを示しているのである。

(4) そして、昭和四八年当時においては、冷蔵倉庫業界における寄託物の寄託者名義変更は、次のように行われていたのである。すなわち、寄託者がその所有にかかる寄託物たる冷蔵貨物を第三者に譲渡した場合、寄託者は寄託物を譲受人に引渡すよう受寄者に指示した荷渡指図書正副二通を発行し、その正本を直接受寄者に送付し、副本を譲受人に交付する。受寄者は、右正本を受領すると副本の呈示照会を要せず、直ちに寄託者台帳上の寄託者名義を譲受人に変更し、以後譲受人を寄託者として取扱い、右譲受人が更に寄託物を第三者に譲渡した場合には新名義人において右同様の荷渡指図書を発行し、順次寄託者名義が変更されるものとされており、従つて、右名義変更後は、譲渡人からの名義変更の撤回を認めず、その必要あるときは、新名義人から新譲受人への譲渡と同様な処理が必要とされていたのである。

このような方法は、京浜地区冷蔵倉庫業界において、当時広く行われていた商慣習なのである。

(5) 以上の商慣習によれば、寄託者が寄託物たる冷蔵ないし冷凍貨物を第三者に譲渡し荷渡指図書を発行すると、譲渡に伴い、受寄者との間に存する寄託契約上の寄託者たる地位も譲受人に譲渡され、荷渡指図書正本の送付を受けた受寄者が、直ちに寄託者名義を譲受人に変更するから、その段階で寄託者と受寄者間の寄託契約は終了し、受寄者と新名義人間に新たな寄託契約が成立する。従つて、その後旧寄託者が指図を撤回しようとしても、これを認める余地はない。そして、寄託者名義が変更された後においては、受寄者が譲受人のために寄託物を占有保管することになるから、右名義変更によつて、寄託物の引渡し、少くとも指図による占有移転がなされたということができる。また、右荷渡指図書正本の受寄者への送付は、寄託者から受寄者に対する寄託契約上の寄託者たる地位の譲渡通知の意味を有するが、右地位の譲渡につき受寄者の承諾が必要であつたとしても、これを肯認することができる。すなわち、右指図書は、寄託者と譲受人間の寄託者名義変更の合意を表した書面であるから、その送付により、受寄者に対する名義変更の意思表示をしたと認められ、受寄者がこれを受理して寄託者名義を変更することは、その承諾と解することもできるからである。

(三)  本件豚肉の占有引渡について

以上のとおり、被控訴人は、スギヤマ商店から、本件豚肉の引渡し、または指図による占有移転を受けたものであるが、更に、東洋水産がスギヤマ商店発行の荷渡指図書正本を受領し寄託者台帳上の寄託者名義を被控訴人に名義変更をしたのであるから、右は受寄者の引受けにあたるばかりでなく、被控訴人は右指図書記載豚肉のうち本件豚肉を除くその余の豚肉を庫出ししているのであるから、本件豚肉につき現実の引渡しがあつたと認めるにふさわしい行為があつたということができる。

なお、控訴人は、本件豚肉は未通関貨物であつたから、寄託者名義の変更ができない旨主張するが、未通関貨物については関税負担の問題があるとしても、所有権、占有権の移転は可能であり、現に本件豚肉については、その取引もなされ、寄託者名義の変更もなされているのである。また、本件取引当事者間においては、本件豚肉が未通関貨物であるかどうかということは、全く問題とされなかつたのである。

更に、控訴人は、三幸国際は本件豚肉の寄託者名義の変更をする意思を有しなかつたとも主張するが、冷凍肉については、荷渡指図書によつて寄託者名義を変更する慣習があり、その慣習に従い、荷渡指図書を東洋水産に送付した三幸国際にその意思のあつたことは明白であり、スギヤマ商店も東洋水産も、この点について何らの疑を持つていなかつたのである。さらに、寄託者名義の変更については、旧寄託者、新寄託者及び受寄者の意思表示の合致が必要であつたとしても、本件においては、この要件を充たしていることは、前記のとおりである。

(四)  本件豚肉の即時取得について

前記のとおり、京浜地区における冷蔵倉庫業界においては、寄託者発行の荷渡指図書による寄託者台帳上の寄託者名義変更の取扱が慣習として定着していたところ、被控訴人は、荷渡指図書により売買契約を締結した本件豚肉につき現実の引渡し、少くとも指図による占有移転を受けたが、仮にそうでなかつたとしても、荷渡指図書の受寄者に対する送付、受寄者による寄託者台帳上の名義変更、右指図書記載の他の豚肉の庫出しがなされたこと等現実の引渡しがなされたと同視すべき状態が現出されたのであるから、いずれにしても、本件豚肉は、即時取得によつて、被控訴人の所有に帰したのである。

二  控訴代理人

(一)  被控訴人の前記主張事実を争う。

(二)  荷渡指図書は、法律が直接に規定していない証券であつて、商法所定の倉庫証券とはその性質効力を全く異にする。すなわち、荷渡指図書は、寄託者から受寄者たる倉庫業者に対し荷渡先を指定した上これに受寄物たる商品を引渡すことを依頼する文書にすぎないから、荷渡指図書が荷渡先から第三者に交付された後であつても、特段の事情のない限り、寄託者において受寄者に対する通知により、依頼(指図)を撤回できるのである。従つて、荷渡指図書は、指図書所持人に対し弁済受領資格を与えたに止り、受寄者(倉庫業者)に対する指図書記載の物品引渡請求権を化体したものではなく、いわんや受寄者に対するその送付が、現実の引渡し、指図による占有移転、さらに寄託者たる地位の譲渡通知をも兼ねるものと解することはできないから、被控訴人が本件豚肉を買受け、荷渡指図書によつて寄託者台帳上寄託者名義の変更がなされたとしても、本件豚肉につき第三者に対抗し得る所有権を取得できるものではない。

(三)  商慣習の存しないことについて

昭和四八年当時京浜地区における冷蔵倉庫業界においては、被控訴人の主張するような、荷渡指図書による寄託者名義変更の慣習は存しなかつた。すなわち

(1) 寄託者名義変更の取扱は、電話による依頼、荷渡指図書によるもの、或いは名義変更依頼書によるものなど各冷蔵倉庫業者によつて異なつており、また、荷渡指図書によつて名義変更がなされたためいくつかの紛争が生じ、日本冷蔵倉庫業界の団体である訴外社団法人日本冷蔵倉庫協会は、「寄託者名義変更事務処理要項」を作成し、寄託者の名義変更をする場合には、寄託者名義変更依頼書の提出によるべきこととしたが、このことは、とりもなおさず、被控訴人の主張する商慣習の存在を否定していることのあらわれである。

(2) 右「寄託者名義変更事務処理要項」においては、「荷渡指図書によつては名義変更ができないこと。寄託者の発行する荷渡指図書は、寄託者が冷蔵倉庫業者に対して寄託物の返還を求めると同時にそれを第三者である受取人(荷渡先)に引渡すように冷蔵倉庫業者に指図した書類(免責書類)であるから、荷渡指図書の所持人は冷蔵倉庫業者から寄託物の引渡しを受け得るにすぎず、荷渡指図書の交付により受取人に寄託物返還請求権及び譲渡可能の権利を発生させるものではないこと。その結果、荷渡指図書を発行した寄託者は、冷蔵倉庫業者が現実に受寄物の引渡しを完了するまでは寄託者の自由意思において何時でもその指図を撤回することができること。」などその見解を明らかにしたが、かようなことも、前記商慣習の不存在を物語るものである。

(3) のみならず、本件豚肉は、未通関貨物であり、占有移転ということが法律上考えられないものであるとともに、当事者の意思も、これが占有を移転するものではなかつのである。

(4) また、受寄者が寄託者名義の書換を行つた後においても、譲渡人への名義書換を認めた冷凍倉庫もあるなど、倉庫業者としては、荷渡指図依頼の撤回が行われた場合の法律的な処理について見解に混乱があつたため、問題が解決するまで出庫を留保することで対処していた。

(5) 以上の事実によつても明らかなとおり、昭和四八年当時京浜地区における冷蔵倉庫業界においては、被控訴人の主張するような商慣習は存しなかつたのである。

(四)  本件豚肉の占有者について

本件における荷渡指図書も、他の一般の荷渡指図書と同様に、寄託者が倉庫業者に対し、この書類と引換に寄託物の全部又は一部をその書類上に記載された者に引渡すことを依頼する旨を記載した文書にすぎず、転々流通することを予定しているものでもなく(裏書譲渡禁止の記載もある。)、これによつて寄託者の名義を名宛人に変更することを依頼する文書でもない。のみならず、本件豚肉は、未通関貨物で名義変更をできないものであり、更に、寄託者たる三幸国際は、スギヤマ商店が債務の履行をなさなかつたため、本件豚肉の引渡しを避けるべく意識的に未通関の状態においたこと、すなわち三幸国際には、本件豚肉につき指図による占有移転をする意思を有しなかつたのである。

そうすると、本件豚肉の占有者は、依然として三幸国際であり、被控訴人が指図による占有移転の方法によつて、右貨物の占有を承継することは理論上不可能である。

(五)  即時取得について

東洋水産が本件指図書に基づき寄託者台帳上の寄託者名義の変更をしたとしても、それは内部的な記帳処理にすぎず、また、それが本件豚肉に対する占有関係につき何らかの意味があるとしても、寄託者からの指示に基づかずになしたものであつて、たかだか占有改定の域を脱し得るものではない。さらに、一般に占有の移転があつたというためには、当該物件に対する事実上の支配が社会観念上移転したと認められることが必要であるが、本件においては、その対象となつた動産が当時未通関の外国貨物で関税法上引渡しが不可能であつたから、かような動産につき社会通念上占有の移転を認める余地があるかどうかも問題である。

ところで、即時取得における引渡しは、現実の引渡しに限られ、簡易の引渡し、占有改定及び指図による占有移転では足りないから、被控訴人は、本件豚肉の所有権を即時取得することはできない。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一売買による所有権取得について

本件豚肉は三幸国際が訴外シグマン・ミート・カンパニー・インコーポレイテツド(以下、シグマン・ミートと略称する。)から買受け輸入したものであること及び三幸国際が控訴人の訴外三菱倉庫株式会社横浜支店宛に発行した荷渡指図書の交付を受けて同訴外会社支店より横浜港埠頭において右豚肉の引渡しを受けてその占有権を取得した事実は、当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すると、シグマン・ミートと三幸国際間における本件豚肉の売買契約においては、三幸国際が買受代金(米ドル六四、二八〇ドル)を決済した上で本件豚肉について発行された船荷証券を取得することによつて右豚肉の所有権を取得することが約定されていたが、三幸国際は右代金を決済することができなかつたため、前記船荷証券を取得できなかつたこと、しかし、本件豚肉の海上運送人であつた控訴人は、三幸国際の懇請により、シグマン・ミートに無断で、三幸国際に対し船荷証券取得前の保証渡しの取扱で右豚肉を引渡したこと、そのため控訴人はその責を問われ、昭和四八年九月一四日シグマン・ミートに対し右代金相当の損害金を支払つて右船荷証券を回収した事実を認めることができ、これを動すに足りる証拠は存しない。

右の事実によれば、三幸国際は本件豚肉の所有権を取得し得なかつたものというべきである。従つて、三幸国際とスギヤマ商店、同商店と被控訴人間に被控訴人主張のような売買契約が締結されたとしても、被控訴人が本件豚肉の所有権を承継取得することはできないから、この点に関する被控訴人の主張は失当である。

二即時取得による所有権取得について

(一)  被控訴人は、スギヤマ商店は本件豚肉を東洋水産に入庫する前、二葉組を介して三幸国際から右豚肉を現実に引渡しを受けた旨主張するが、被控訴人の全立証によつても、これを認めることはできないから、右引渡しの存在を前提とする被控訴人の即時取得の主張は理由がない。

(二)  1 〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1)  三幸国際が輸入した本件豚肉は、昭和四八年五月七日横浜入港のパシフイツク・ベアー号に積載されていたものであるが、三幸国際は、右入港に先立つ同月二日スギヤマ商店に対し右豚肉を代金二、二八七万九、七一〇円で売渡す旨の売買契約を締結したこと。

(2)  スギヤマ商店は、転売の便宜上、同日三幸国際から、本件豚肉の荷役及び入関手続を代行していた乙仲業者二葉組に対し本件豚肉をスギヤマ商店に引渡すことを依頼した同月二日付荷渡指図書(甲第七号証の二)の発行を受け、同月四日これを被控訴人に示した上、被控訴人に本件豚肉を代金一、九二三万九、〇〇〇円(他の豚肉を含めると、その合計は金二、七五三万二、三二五円)と定めて売渡す旨の売買契約を被控訴人と締結したこと。

(3)  三幸国際は、前示のとおり、控訴人から本件豚肉の引渡しを受けたが、右豚肉が未通関の冷凍肉であつたため、同月二四日東洋水産(保税上屋でもある。)に搬入して寄託し、その後スギヤマ商店との前示売買契約の履行として目的物を引渡すため、東洋水産に対し本件豚肉をスギヤマ商店に引渡すことを依頼する旨の荷渡指図書を発行したこと。

(4)  東洋水産は、同月二九日右荷渡指図書の正本を受取り、かつ三幸国際から寄託者名義をスギヤマ商店に変更するよう依頼されたので、同日付をもつて本件豚肉の寄託者台帳上の寄託者名義を三幸国際からスギヤマ商店に変更し、一方、右荷渡指図書副本(甲第七号証の一)を三幸国際より受取つたスギヤマ商店は、同月三〇日被控訴人から前示売買代金の支払いを受けたので、同月三一日目的物引渡の手段として、東洋水産宛に本件豚肉を被控訴人に引渡することを依頼する旨の同月三〇日付荷渡指図書(甲第四号証)を発行し、その正、副二通及び三幸国際の発行した前示荷渡指図書副本(甲第七号証の一)を被控訴人に交付したこと。

(5)  被控訴人の役員訴外今給黎忠干は、同年六月二日ころスギヤマ商店から交付を受けた右各荷渡指図書を東洋水産に持参して同年五月三〇日付の前示荷渡指図書正本を手交したところ、これが交付を受けた東洋水産は、同年五月三〇日付をもつて本件豚肉の寄託者台帳上の寄託者名義をスギヤマ商店から被控訴人に変更したこと。

(6)  スギヤマ商店は、本件豚肉の前示売買代金として三幸国際に対し、同年五月四日額面各金五〇〇万円の約束手形三通、同年六月一六日額面各金二五〇万円の約束手形二通を交付したが、額面金五〇〇万円の約束手形一通が期日に決済されなかつたこと。

(7)  三幸国際は、同月四日所轄税関から本件豚肉の関税が金三四一万三、四〇〇円である旨の決定通知を受け、同月一五日スギヤマ商店から右豚肉の関税分として交付を受けた額面金三四〇万円の小切手一通が決済されたにもかかわらず右関税を納付しなかつたため、被控訴人が同年七月二五日ころ右豚肉を出庫しようとしたが出庫を断わられたこと。そこで、被控訴人は、三幸国際に再三関税の納付方を要求したが、三幸国際はスギヤマ商店との代金決済が済んでいないとしてこれに応じなかつたこと。

(8)  同年八月末ころスギヤマ商店が前示売買代金一部未払いのまま事実上倒産するに至つたため、三幸国際は、同月三〇日スギヤマ商店との前示売買契約を解除したとして東洋水産に対し、先に発行した荷渡指図書(甲第七号証の一)を撤回する趣旨の赤字の荷渡指図書(乙第三号証)を発行交付したこと。

(9)  他方、三幸国際は、前示船荷証券を回収した控訴人の要求により、同年九月一三日東洋水産宛に本件豚肉を控訴人に引渡すよう指図した荷渡指図書(乙第四号証)を発行し、そのころ右荷渡指図書の正本が東洋水産に送付されたが、東洋水産は、前示赤字の荷渡指図書と右荷渡指図書の正本について何らの措置も講じなかつたこと。

(10)  本件豚肉は、同年九月二〇日、控訴人申請にかかる三幸国際及び東洋水産に対する東京地方裁判所同年(ヨ)第五、九一八号動産仮処分申請事件の仮処分決定の執行により、執行官の保管することとなつたが、被控訴人は同年一一月二〇日三幸国際に代つて前示関税を納付したこと。

(11)  なお、昭和四四年ころから冷凍食肉の輸入が増加したことに伴い、その売買も活発となつたが、その目的物の引渡しをするに当つては、それが通常冷蔵倉庫に保管されているところから、買主は、右目的物の引渡しを受ける手段として売主たる寄託者から荷渡指図書の発行交付を受けていたが、これを一旦出庫した上買主において更に冷蔵倉庫業者に保管を託するとなれば、その出庫、入庫に伴つて食肉の損耗をきたし、労力、経費の無駄を生じ保管料の負担やその手続の煩雑さ等にマイナス面が多いため、直ちに出庫しない場合には、売主買主ともに寄託者台帳上の寄託者名義の変更による方法を望み、冷蔵倉庫業者も、その意向に添つて、寄託者たる売主が発行する正副二通の荷渡指図書のうちの一通の呈示、もしくは送付を受けると、寄託者の意思を確認する措置を講じた上、寄託者台帳上寄託者名義を右荷渡指図書記載の被指図人に変更する手続をとるようになり、このようなことは、昭和四八年当時京浜地区における冷凍食肉販売業者間、冷蔵倉庫業者間においてかなり広く行われ、売買当時者間においては、右名義変更によつて目的物の引渡しが完了したものとして処理されていたこと。

以上の事実を認めることができ、〈る。〉

以上に認定した事実によれば、控訴人から荷渡指図書によつて本件豚肉の引渡しを受けた三幸国際は、これを東洋水産に寄託した上スギヤマ商店に売渡し、スギヤマ商店はこれを更に被控訴人に売渡し、右三幸国際及びスギヤマ商店は、いずれもその目的物たる右豚肉を引渡す手段として、受寄者たる東洋水産宛に右豚肉を買受人に引渡すことを依頼する旨を記載した荷渡指図書を発行し、その正本を東洋水産に、副本を各買受人に交付し、右正本の交付を受けた東洋水産は、電話連絡によつて寄託者たる売主の意思を確認するなどして、その寄託者台帳上の寄託者名義を、三幸国際からスギヤマ商店に、スギヤマ商店から被控訴人へと変更したというのである。

ところで、倉庫寄託契約において通常一般に利用される荷渡指図書なるものは、寄託者から寄託物の保管人に対し荷渡先を指定し、その者に寄託物を引渡すことを依頼する旨記載した証書であつて、その所持人は受寄者から寄託物を受領する資格を有するが、受寄者に対し債権者的立場に立つわけのものではなく、受寄者が右証書と引換に寄託物を引渡したときには、受寄者として免責される効力を有するが、それ以上の効力を有するものではないと解されるものであるから、前示寄託者名義の変更は、通常一般に行われる荷渡指図書自体の効力によるものと認めることは相当でない。

しかし、食肉業者間の冷凍食肉の売買においては、目的物の性質上、その引渡しの手段として売主の発行する荷渡指図書の交付を受けた買主は、右売買の目的物を一旦出庫して更にこれを冷蔵倉庫業者に寄託することによる不経済さと手続の煩雑さ等を避けるため、簡便な寄託者台帳上の寄託者名義の変更の方法によることを望み、冷蔵倉庫業者もその意向に添つて、処理することとし、荷渡指図書の被指図人に寄託者台帳上の寄託者名義を変更する手続をとり、このような方法は本件豚肉売買当時京浜地区においてかなり広く行われ、しかも、売買の当事者は、これによつて目的物の引渡しが完了したとして処理していたこと及び通常一般の荷渡指図書の場合には必ずしもこれを要しない正副二通の発行が行われ、荷受人に本来の機能をもつて交付される一通とは別に、受寄者に対し被指図人に寄託者名義の変更を依頼する趣旨の一通を交付する取扱が行われていたと見られる前叙事実関係に徴すると、スギヤマ商店は、前示名義変更によつて東洋水産を受寄者とする本件豚肉の寄託関係から離脱するとともに、被控訴人は、右名義変更により、スギヤマ商店から、本件豚肉につき占有代理人を東洋水産とする指図による占有移転を受けたものというべきである。被控訴人は、右寄託者台帳上の名義変更は、単なる内部的な記帳処理であるが、それに何らかの意義を認め得るとしても、占有改定の域を出ない旨主張するが、前叙認定事実に徴すれば、この主張を採用することはできない。

2  そこで、右指図による占有移転によつて、民法第一九二条にいう「占有」を取得したことに該当するか、どうかについて検討するに、前説示のとおり、控訴人は、三幸国際に本件豚肉を引渡すことによつて、これに対する占有を失つたものといわなければならないところ、更に三幸国際も、またスギヤマ商店も、ともに寄託者台帳の寄託者名義変更を経ることによつて、東洋水産を占有代理人として有していた右豚肉に対する占有を失い、被控訴人は、これによつて東洋水産を占有代理人とする本件豚肉に対する占有を取得するものというべきであつて、かような占有移転は、占有改定の場合とは異なり、寄託者台帳上の寄託者名義の変更という一定の書面上の処理を伴い客観的に認識することが可能であつて、善意の第三者の利益を犠牲にして取引の安全を害することのないものといわなければならないから、被控訴人は、本件豚肉につき、民法の右規定に該当する「占有」を取得したものというべきである。

3  そうすると、被控訴人は、本件豚肉を所有権を有しないスギヤマ商店から買受けて指図による占有移転によつて引渡しを受け、東洋水産を占有代理人としてこれが占有を始めたものといわなければならないところ、その際善意、公然、無過失であつたことを疑うに足りる証拠も存しないから、被控訴人は、本件豚肉所有権を即時取得したものというべきである。

この点に関して控訴人は、本件豚肉は未通関の貨物であるから法律上占有の移転ということは考えられない旨主張し、右豚肉が未通関の貨物であることは前示のとおりであるから、本件豚肉を出庫してこれを現実に引渡すことができないことは、控訴人の主張するとおりである。しかし、右豚肉がスギヤマ商店、次いで被控訴人へと順次指図による占有移転がなされたとの、前示事実によつても明らかなとおり、保税上屋たる冷蔵倉庫業者に寄託された本件豚肉につき指図による占有移転を否定すべき理由は存しないから、控訴人の右主張を採用しない。

なお、〈証拠〉を総合すると、昭和四七、八年ころから、荷渡指図書による寄託者台帳上の寄託者名義の変更によつて、寄託物所有権の帰属につき二、三の紛争を生じたため、東京都、神奈川県の冷蔵倉庫業者等において、寄託者名義変更の手続について検討を加え、同四九年七月寄託者名義の変更は、事前に譲受人、譲渡人双方の記名押印した名義変更依頼書によることとし、荷渡指図書によつては右の名義変更を行わないとの取扱いに改め、その旨顧客に通知したこと、次いで、訴外社団法人日本冷蔵倉庫協会は、同五二年五月寄託者名義変更手続の統一的な指針として、「寄託者名義変更事務処理要項」を作成して関係業者に配付したが、その中において、荷渡指図書の意義、性質、効果等についての見解を明らかにした上、荷渡指図書によつては寄託者名義の変更ができないことを述べている事実を認めることができるが、右は、冷蔵倉庫業者における寄託者台帳上の名義変更が、従来から行われていた名義変更依頼書によるものだけでなく、荷渡指図書の倉庫業者に対する呈示又は送付と倉庫業者による寄託者の意思確認によつてもなされ、更には荷渡指図書の呈示又は送付のみによつてもなされるなど、右寄託者名義変更についての取扱いに混乱が生じそのため紛議を生ずるに至つたが、それが主として荷渡指図書そのものに対する誤解より生じたところから、冷蔵倉庫業者の団体である前記日本冷蔵倉庫協会等において、このような紛議の発生を防止するため、荷渡指図書の本来の意義、性質等を明らかにし、寄託者台帳上の名義変更については、寄託者等の意思を明確に表示した名義変更依頼書によるべきこと、すなわち寄託者名義変更の手続を明らかにしたに過ぎないものというべきであるから、右の事実によつて、本件豚肉売買当時において前示のごとく荷渡指図書による寄託者名義変更の処理が広く行われていたとの前叙認定を動かすことはできず、又、右名義変更によつて指図による占有移転が有効になされるとする前示判断に消長をきたすことはないものといわなければならない。

三本件債権の帰属について

しかして、本件豚肉は、昭和四九年一〇月二一日控訴人、被控訴人及び東洋水産の三者間の合意により、これを金二、〇五四万五、八〇〇円で換価処分し、その換価代金から被控訴人が差額関税として納付した前示金三四一万三、〇〇〇円を控除した金一、七一三万二、四〇〇円を、訴外山田直大名義で原判決添付別紙銀行預金目録記載のとおり、定期預金した事実は、当事者間に争いがないから、右預金債権は、本件豚肉所有権を取得した被控訴人に帰属すべきものといわなければならない。

四結論

以上の次第であるから、控訴人に対し前示預金債権が被控訴人に帰属することの確認を求める被控訴人の本訴請求は、正当であるから全部認容すべきものである。

よつて、これと同旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(安倍正三 長久保武 加藤一隆)

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